まず今回のコンサートはいつものライブとはその始まり方が全く違っていた。
今までの様なソロライブではなく、去年から制作に関わった映画「千年鶴」を主軸とした「映像コンサート」として企画が立ち上がり、そして進行した。
昨年末にソウルで東京リコーダーオーケストラとクリスマスコンサートをやったばかりという事もあり、次にライブをやるならば当然普段とは違った物をと思っていた矢先の事だったので、自分としては関心を強く持っている「映像」コンサートという趣旨にもちろん賛同し、すぐに実現の運びとなった。
そしてこのライブにはもう一つ、大きな前提があった。
「大編成」という事であった。
勿論今までも大編成のライブをしてきたが、今回はそれにもまして、本当にスケール感の大きい編成でというスタート時点からの要望だった。
これは願ってもない話で、それならば今まで自分が関わってきた映像作品の曲も沢山演奏しようという事になり、その時点で期待に胸が大いに高鳴った。よし、これは面白そうだなと。
最終的な参加ミュージシャンはリズムセクション、弦楽器、ブラスセクション、リコーダーセクション、韓国(&中国)の伝統楽器、韓国の打楽器奏者合わせて総勢;60名!(自分以外)に及んだ。
しかし参加ミュージシャンが多い、それに加えて映像も音楽にシンクロさせるという事になると、通常コンサートで必要とされる量の数倍の準備をしなければならなかった。
各ミュージシャンが演奏するスコアの準備、それに必要なアレンジの見直し、映像と合わせるためのサイズの見直し、そしてコンサート全体の構成(実はこれが一番難しかった!;映画「千年鶴」のコンサートである事をふまえた上で、他の作品とどう共存させ最後まで持って行くか)、そして各シーンで流れる映像のチェック&制作。リハーサルも日本と韓国とそれぞれが別に行われ、一足先に韓国に入国し韓国の弦楽器奏者達とリハーサル、映像ー舞台チームとのミーティング。そして最終的には会場で初めてミュージシャン達全員そろい、演奏する。、、、等々数え始めたらきりがない位。
公演が決まり、ミュージシャンのみんなに声をかけたところ、ほとんど全員が「お良いね、面白そうじゃない、やろうぜやろうぜ!」的な全開モードでその時点から我らの士気は相当に高かったと言っていいと思う。
もうその時点で「大きな何か」に向かって共に進んでいる気配を感じた。
こういう人達に囲まれて音楽が出来るという事自体、幸せだな〜全く。
映像のシンクロという事に関して言うと、当日スクリーン上映される映画に関しては勿論映画制作チームにゆだね、演奏内容にあったモノを準備していただいた。しかしそれ以外に関しては、やはり出来るだけ自分で手がけたかった。(勿論韓国映像チームの手による物もいくつかあったけど)
この日は幸いな事に、ステージ上に映画上映用の大きなスクリーンとは別にステージ後方に最新の巨大LEDスクリーンが準備された(そう、韓国はLED最新大国なのだった!)。そうなった場合、LEDで流れる映像に関しては出来る限り「自分で」映像の内容&タイミングが音楽とシンクロしたものを演出したかったのだ。これは「やりたかった」のだからしょうがない、もうどうしても自分でやりたかった!
そう、自分でやる事が大事。それが多少でこぼこであろうとも。
アーチストとは全然関係ないところで、他人に任せて作った映像が流れているコンサートをよく見る事があるのだが、その瞬間に「興ざめ」してしまう事が今までに何度もあった>>それらがあまりにも意志が通っていないというか、重なり合っていないというか、、、。凸凹でも、多少クオリティが落ちていようとも、自分の意志がそこに反映されていないモノはやはり剥げやすというか、説得力がないというか。
既存のアニメ作品&ゲーム作品に関しては制作チームから映像資料をいただき、それを演奏に合わせて自分で編集した。
それ以外の抽象的な映像に関しては特別なこだわりがあったので、自分で映像を作り込んだり、グヮングヮンにエフェクトをかけて抽象的にしてしまったり、、、、。 特にオープニング部分と中間部では先に音楽を作り、それに合わせて抽象映像をつなぎ合わせて演出してみた。まぁこれも自業自得というか、自分でやると言ったのだからやる羽目になって当然で、その分他の準備などの時間は必然的に削られてきて、辛くなるのは当然なのだが、やはりやりたかった。つまり自分で墓穴を掘った事になる。。。
具体的には今回のスコアリングを担当してくれた桑野君(想像を絶する労力に敬意と感謝!)、
太くてスケール感のでかい、最高のグルーブで支えてくれるリズムセクション、
韓国の弦チーム;ソウルクラシックプレイヤーズと日本から参加してくれた弦各セクションのトップの演奏者の方々、ヨンイン大学の学生さん(打楽器15人)それをまとめ上げてくれたチャンジェヒョ君と打楽器チーム「リタ」ヨンイン大学のキムジョンス学長先生、今回のブラス編成をまとめ上げてくれた小林正弘さん、木管セクションの代わりというよりもそれ以上のサウンドを奏でてくれたリコーダーセクション、ろくにリハーサルも出来なかったにもかかわらず完璧な演奏をしてくれた韓国の伝統楽器奏者、二胡でこのプロジェクトに参加してくれたジャーパンファンさん、過酷な中で舞台を作ってくれた舞台チーム、映像が多く、とてもやりずらかったであろう状況を難なくクリアして素晴らしい照明を演出してくれた照明チーム、同じくあの過酷な状況であそこまでの音を作り上げてくれた音響チーム、本当に素晴らしい人たちに囲まれて演奏出来た自分は「相当な幸せ者」だと思う。
そして衣装を協力してくれた(いつも協力してくれる)デザイナーの大家:チャングァンヒョさん、映画制作会社の面々、本当に多くの方々の協力でこのライブが成立した。深く感謝。
このような大規模コンサートを始めてやったのが、1998年3月28日、東京渋谷オーチャードホールでだった。
それから丁度10年という歳月が流れ、またもや大規模なコンサートが出来た、しかも今回は映像のシンクロと以前よりも大編成というスケールアップした状況で。
映像と深く関わるライブ、しかもそれを自分で司るという「墓穴」を掘った事になったとしても、本当に楽しかった。
こんな墓穴ならまた是非掘りたいモノだ。
音楽をやっているモノにとって、冥利に尽きる印象深いコンサートだった。
忘れられないコンサートになると思う。また10年後にはどんなライブをが出来るのだろうか。
公演に来てくださった方々、来られなくても沢山の応援をしてくれた方々、
あなた達の声援&応援があったからこそ、最後までたどり着く事が出来たのです。
本当にありがとう。
梁邦彦
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