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2. 極東ロシアからシベリア鉄道を経てバイカル湖、そして中央アジアのカザフスタンまで。

  •  WRITER : 梁邦彦
    HIT : 246
    18-10-12 21:50  

バイカル湖からカザフスタンへ

 

一日だけの滞在はあまりに短く、もっとバイカル湖を体験したいと言う思いに後ろ髪ひかれながら、翌朝7時の便でノボシビルスク経由~カザフスタンのアルマティへ。
この搭乗時に見たイルクーツク空港での朝焼けもまた本当に見事だった。美しすぎて悲しい気持ちになる事、今まで何度かあったけどこのときもしかり。
移動は2時間ほどでノボシビルスク到着。空港はどんどん規模が大きくなり明るく、そこかしこにコーヒーショップが並び、やっと普段の生活に戻ってきた感じで和やかな気持ちになってくる。このノボシビルスク空港ではトランジット(乗り換え)。今回の行程エアーを新しい旅券番号で再度手配したにもかかわらず、エアーに乗るたび、例のパスポートナンバーの問題で毎回空港で怪しい人間扱いされてまいった ^^; やはり厳しい国は徹底して取り締まっているんだよね、うんそれはそれで納得できる。でも僕は怪しくないのです。

 

ノボシビルスクは僕がず~~っと一緒にやってきた歌手;オリガの出身地。彼女とは90年代はじめ頃からアルバムプロデュースしたり、僕のアルバムに参加してもらったり、彼女のコンサートサウンドプロデュース&演奏したり、泣いたり笑ったり、喧嘩したり音楽を通じ本当に苦楽をともにした仲だった。あの素晴らしい歌声は唯一無比で、攻殻機動隊のOP曲だったり、僕もファンタジックチルドレンのエンディング曲だったり、アニメファンの間では世界的に「女神」と呼ばれている存在。トランジットではあったけどノボシに来れたことが感慨深く、乗り換え待ち時間の5時間ロビーでずっと彼女の歌声を聞いていたら涙腺が崩壊してしまった。イルクーツクで見た朝焼けの儚い美しさも、歌声聞いていたら妙に合点がいった。

 

 

感傷的な5時間を過ごした後はまた移動、今度はカザフのアルマティへ。一つ見落としてはならなかったのがロシアエリアは広大なので当然時差があり、それもかなり大きめ。自分たちは西に向かっているので出発時間と到着時間プラス時差の時間がフライト時間。単純計算だけしていると「お、2時間だから楽勝だな」となるが実際は3時間だったりして、、、とにかく移動が思ったより長く辛いというお話。さて、アルマティにつくとこの旅程のうちはじめての雨が出迎えてくれた。市内に入ると思っていた以上に経済発展著しく、道路は整理され行き交う車は高級車が多く、ちょっと驚いた。特に新都心と呼ばれるエリアは高層ビルが並び、あたかもちょっと未来都市なイメージだったが、旧都市部に入るとそれも落ち着いて、いわゆるこの地方本来の大都市の姿。ホテルの窓からあの天山山脈が見えて神々しかと思えば、夜お湯が出ないことがあったり結構不便で、外からのイメージと中身がまだバランス取れていないようでもあった。

 

 

 

さて今回の目的は2つ。。この地方は1937年スターリンにより極東ロシアから強制移住させられた17万人の高麗人が住む中で有数の大都市。ここでクラシックギタリストとして大活躍されるミュージシャン:キムゲンナジさんとお会いし色んなお話を伺うことがその一つ。到着2日目の午後は彼のお宅にお邪魔し、色んな話を伺い、演奏も聞き、そして最後は一緒に演奏もした。本当にピュアな方で、撮影後の食事会、隣の席で僕の手をずっと握りながら話す彼はとても暖かく、過去の痛みを背負った人間の姿として感動的だった。最後に彼が作曲した作品の楽譜まで頂いてしまった。


 

 

 本当に素晴らしい出会いに心から感謝です。

そして次の日(最終日)はアルマティから6時間ほど北に離れたウシュトベという場所にある、高麗人墓地へ趣きそこでピアノを演奏した。360度見渡す限りパノラマで、なにもない放牧地にぽつんとあるその墓地はひっそり静かに、寂しそうに佇んでいた。なんとも言えない気持ちになる。ピアノは運んできたものの椅子がなく、近隣の家に椅子を借りに行ったり(それもまた遠いのだ)相変わらずトラブルは後を絶たなかったが、それでもここに来ることが出来、演奏できることに感謝の心を込め演奏した。あの時期に強制送還され、戻ること叶わずこの地でなくなった方たちの魂を少しでも鎮めることができれば、、、と。撮影終了は日没、なんとも言えず美しく、悲しく、日が落ちていった。

 




 

戻る日のエアー出発は夜8時なので、午後一番でアルマティ市内から30分で行ける天山山脈の麓に行き、そこからロープウェイにのり3200Mの山頂へ。3200はやはり高度のせいで息が切れる。5年前のチベット:ラサ空港についた時を思い出した。市内から45分ほどでこんな場所に来れるとは大したもので、しかも新都市はあの高度成長、世の中知らないことが多すぎるなぁと感じつつ、そしてこの素晴らしい撮影旅行に参加できたことに感謝しつつ、無事に戻ってきた次第です。
そしてこの番組のオンエアーは来年3月ころになる予定だそうですので、お楽しみに。

 

 


 

さて、戻ってからは製作製作の毎日が続いていますが、しばらくするとまた日本、韓国でもライブが始まるので、こちらも新たな気分でGO!です。
では皆さん、ライブ会場でお会いしましょう。

 

梁邦彦